
CONTENTS

本部長:「まず始めに、このような結果になってしまったことを深くお詫びします…本当に申し訳ございませんでした。」
…僕たちは負けた。
その言葉を聞いてようやく、僕は自分の置かれている状況を…覆らない結果を受け入れられた。
不思議な感覚だった…
毎日、したくもないことをしていたはずだった。
暑苦しい雰囲気も好きじゃなかった。
性格が合わない人もいっぱいいて、人間関係にも苦労した。
それなのに…今はただ、そんなありふれた日々が愛おしく思える。
ずっと、内心では周りの人間を見下していた…
自分の方が優れていると思っていたからだ。
でもこの会社には…そんな自分を認めてくれる人たちがいた。
『転職は35才まで』…
こうなることはわかっていたのに、僕は行動を起こすことができなかった。
核戦争が起こったとして…
シェルターに逃げて一人だけ助かるのはきっと…生きるよりも辛いことだから。
それと同じ理屈で、僕はみんなと一緒に沈むことを選んだ。
ミアは僕を責めなかった…。
ミア:「そうなんだ…18年だっけ?長い間お疲れ様でした。
私が最初のドーナッツ屋さんを辞めたときは、半年休んだよ♪
すぐには働かないよね?だったら…"夕飯づくり"、私の代わりによろしくね!」
これは僕の失態だ…家族もお金も失う覚悟はできていた…。
いっそ何もかも失った方が楽になれたのかもしれないし、心のどこかでそうなることを願っていたのかもしれない。
平均寿命まで生きるとすると…僕の人生が終わるのはまだまだずっと先のことだ。
『苦しんで生きて、みすぼらしく死ぬ』
あらゆる生物に運命づけられたこのサイクルに、きっと僕たちは感謝しないといけないのだろう。
大丈夫。
苦しむ覚悟はできている…でも…
僕:「ありがとう、ミア。
確かに、少し…疲れたかな…
長期休暇なんて新婚旅行以来だし、少し長めの夏休みをもらおうかな。」
本部長:「この仕事のプロとして、最後まで力を貸してください。お願いします。」
お願いするのは僕の方ですよ…。
僕:「こちらこそ、ここで働けて幸栄でした。
…最後まで、よろしくお願いします。」
僕の人生は、新たな章へと向かおうとしていた。

積分~統計的評価に支配される僕たち~

リーマン和
シエル:「ミクサ、そこを右折だ。」
山道の先に広がる光景に、僕は驚きを隠せなかった。
マニアから登山客、オカルト好きまで魅了する有名なゴーストタウン…
まさか県内にこんなところがあったなんて知らなかったな…。
僕:「すごいな…
シエルちゃんにこんな趣味があっとは、驚きだよ。」
シエルちゃんはドヤ顔で僕を見ると、建築物の中でも一際存在感を放つ建物へと向かい歩き出した。
シエル:「20年前のことだ…年間200万人もの観光客で賑わっていたこの施設は、突然休業を宣言した…。
『観光客の減少』による『資金繰りの悪化』に加え、『親会社が破産したことに伴う支援の打ち切り』が重なったことで、廃業を余儀なくされたそうだ。
こういうところに来ると、人間の愚かさや身勝手さをひしひしと痛感させられる。」
シエルちゃんの言葉に、僕も胸が痛くなる。
目の前の光景は、もうすぐ閉鎖される僕の会社と重なって見えた。
何百億円もの大金を借入れ、たくさんの人と資源を投じて築かれたその設備は、採算が取れずにわずか3年で稼働を停止した…。
作っては壊すの繰り返し…
一体、僕たちは何をやっているのだろうか…。
シエル:「おっ!
情報通り開いてるぞ♪」
シエルちゃんは何の躊躇い(タメライ)もなく建物の中に入っていく。
待合室…売店やゲーム機…
壁に掛けられたカレンダーは、ここが閉鎖された年月を表している。
荒れてはいるものの、建物の中は当時の状態が維持されていた。
少し建物の中を見学した後、僕たちは階段を上り屋上に出る。
シエル:「おー!絶景だな!」
山、やま、ヤマ…
そこには、自然が生み出した美しい緑の大地が、一面に広がっていた。
僕:「自然がこんなに美しかったなんて…気付かなかったな…。」
シエルちゃんは山の尾根を指差して言う。
シエル:「あの山の稜線(リョウセン)を見てみろ。
まるで"リーマン和"の曲線みたいじゃないか?」
僕:「リーマン和?
なんかそんなのもあったような…」
シエルちゃんは落ちている石を拾うと、コンクリートの壁に何かを書き始めた。
どうやら…講義が始まったみたいだ。

シエル:「関数y=f(x)と、2直線x=a、x=bで囲まれる図形の面積を求めたい場合、右のように横が同じ長さの長方形の面積をたくさん組み合わせることで近似した数値を求めることができる。
わかりにくいなら三角形で考えてみよう。」

シエル:「関数『f(x)=x』の
【区間:0≦x≦10】の面積を求めたい。
この三角形は直角二等辺三角形だから、面積は簡単に50と計算できる。
でも、直角三角形の面積の公式を忘れてしまった場合…四角形を足し合わせることで、近似した面積を求めることができる。
四角形2個ではまだ値が違い過ぎる…もっと四角形を増やしてみよう。」

シエル:「こうやって無限に四角形を増やしていけば、いずれ三角形の面積と完全に一致するようになる。
これを数式で表すとこうなり…

これをリーマン和と呼ぶ。」
僕:「シグマか…こういうギリシャ文字が入ると途端に難しくなるよね。」
シエル:「記号の意味が理解できれば簡単だ。
シグマ(Σ)記号の下にある『k』はダミー変数といって、何番目かを示す数字のことを言う…そして、ダミー変数は必ず1ずつ増えていくという決まりがある。
簡単な式で確認してみよう。

大丈夫かな?
ではさっきの三角形の話に戻るよ。
四角形が20個あった場合、三角形の面積との違いはどこまで縮まるか?
リーマン和の公式を使って確かめてみよう!」

シエル:「だいぶ三角形の面積(=50)に近づいてきたね。
だが、毎回こんな計算をするのはあまりにも非効率的だ。
そこで、この計算を恐ろしく簡単に行う方法がある…
積分だ。」

Integral fx dx
シエル:「この計算を恐ろしく簡単に行う方法がある…積分だ。」
積分…その言葉を聞いて、僕は思わず息を呑んだ。
僕:「『数学なんて必要ない』
人生がうまくいっている間は、正直僕も…そう思ってたよ…
でも、今は違う。
社会を、人間を…そして、自分自身を知るために、僕は数学を学ばなければいけない。
今は…そう思ってるよ。」
シエルちゃんは僕の顔を確認すると、持っていた石で壁に数式を書きながら言う。
シエル:「そう言ってくれてうれしいよ。
でもなミクサ…微積分を理解するのは真の数学の入り口に立ったに過ぎない…
コンピューター科学や量子力学…
私の知らないことに比べれば、私の知っていることなんてほとんど無いのと同じなんだ。
でも…それでも私は、足を止めるわけにはいかない。
If there is no God, We must create it.
(神がいないなら、創り出さなければならない。)
それが私の存在意義だからだ。」
神を創るか…今の技術をもってすれば、そんなことも不可能ではないのかもしれない。
でも…僕は自分以外の何者かに自分のアイデンティティを操作されるのは、もうウンザリだ!
たとえそれが、"神"であっても。
誰に反対されようと僕は、
興味あることを学び、
必要だと思う仕事をして、
自分らしいと思える格好で外を歩く。
もう…そう決めたんだ。
僕:「家畜として生きるのと、自分らしく死ぬのとでは、どちらがより悪いんだろうね…?」
シエルちゃんの動かしている手が一瞬止まったような気がした。
でも、何も言わずに…彼女はすぐに数式の続きを書き始めた。

シエル:「積分記号(∫)を用いれば、リーマン和の複雑な数式を、このようにシンプルな形で表すことができる。
そしてこの式は、
"インテグラル エフエックス ディーエックス"と読む。」

定積分
シエル:「積分の計算は微分の逆だと思えば簡単だ。」

シエル:「ここに書いているのは積分区間を指定していない"不定積分"で、この場合本来なら積分定数の"C"を足さなくてはいけないが、説明をわかりやすくするために今回は省略して書いている。
三角関数の積分も、微分の逆を求めればいいだけだ。」

シエル:「試しに最初の関数…
『f(x)=x』の
【区間:0≦x≦10】で形成される三角形の面積を積分で求めてみよう。」


遇関数と奇関数
シエル:「積分の計算も例によって"習うより慣れろ!"だ。
次は三角関数
『f(x)=sinx』を
【区間:-π≦x≦π】で積分して面積を求めてみよう。」
僕も落ちている石を拾って壁に数式を書く。

僕:「あれ?…面積なのに値が0になったよ。」
シエル:「定積分でx軸よりも下の面積を求めようとすると、面積に符号(-)を付けた値になる。
これを符号付面積という。
純粋に面積を求めたいなら符号を取ってしまえばいいが…
今は気にしないで、このままでOKだ。」

シエル:「ここで重要なポイントをもう一つ。
『f(x)=sinx』の
【区間:‐π≦x≦π】は原点(0)に対して対称のグラフだ。
このような関数を奇関数と呼び、奇関数を定積分した値は0となる。
つまり…」

シエル:「奇関数があれば遇関数もある。
奇関数は原点に対して対称だったが、遇関数はy軸に対して対称な関数のことをいう。
例えば…
『f(x)=cosx』を
【区間:-π/2≦x≦π/2】で定積分する場合などだ。」

シエル:「『f(x)=cosx』はグラフを見れば一目瞭然だが、y軸を中心に対称のグラフだ。
このまま計算してもいいが…半分だけ計算して2倍した方が楽だ。」

シエル:「これなら、『sin(-π/2)』を求めなくて済む。」

シエル:「つまり、遇関数を定積分する場合、この法則が成り立つ。」

シエル:「遇関数・奇関数の積分法則を利用すれば、こんな感じで計算できる。」

僕:「なるほど…。
なんだか積分(∫)ってクールだよね。」
シエルちゃんは持っている石を足元に置き、手を軽くはたいて、ニコリとした。
でも、その目は笑っているようには見えなくて、反射的に僕の全身が鳥肌を立てた。
まるで、動物が敵を威嚇するために、体を大きく見せるかのように…。
シエル:「では、もっとクールな話をしよう…。
小さな評価を全て足し合わせれば、
その人の"Integral"(完全)な評価を算出することができる。
学歴・資格・職歴・犯罪歴…
職業や財産情報は銀行や企業間で共有され、それが私たちの信用の元になっている。
飲食店や宿泊施設では、客が会社を評価すると同時に、会社が客を評価している。
ネットで閲覧した情報は検索プラットフォーム運用会社の管理サーバに保存され、私たちの趣味趣向はAIによって分析されている。
私たちの生きるこの社会は"自由"なんてものではない。
誰もが互いに監視し合う"相互監視社会"に…もう既になっているんだよ。
ゾッとするよな~?でも安心しろ。
監視される項目が増えるにつれて、この社会はより"安全"になった。
私たちはきっと、昔よりも"自由"を感じられているはずだ。
人類はこの流れを止めてはいけない。
これまでの常識を覆す異次元の監視システムの開発…微力ながらに携われることを、私は嬉しく思っている。
…私たちは世界から、無駄と暴力を根絶する。」
To be continued...
※当記事の執筆にあたっては、下記資料を参考にさせていただきました。
・『沁みる「フーリエ級数・フーリエ変換」』佐藤敏明著
・『高校生からわかるフーリエ解析』涌井良幸著
・『マンガでわかるフーリエ解析』渋谷道雄著