【波の解析編】
CONTENTS
シエル:サヴァン症候群…
左脳の一部を損傷した人間の中には、それを補う形で右脳が発達…常人の努力では決して会得することのできない特殊能力を得る者がいる。
彼らは、一度読んだだけで本に書かれている全ての内容を暗記したり、一度見たものを細部まで描写して見せたり、難解な数式を一瞬で解いてしまったりするが、その一方で、重度のコミュニケーション障害に苦しめられる宿命も同時に背負う。
「"天才"ゆえに"孤独"です」…だからなんだ?
才能があれば称賛される。
『天才ゆえに孤独』なら、世界を変えればいい、自分の存在価値を示せばいい。
でも…それができない『凡人なのに孤独』なヤツはどう生きればいい?
自分を抑制し、ひっそりと生きろとでも?
…そんな生き方はまっぴらごめんだ!
なぁ、誰だってそうだろ?
他者の権利を奪ってでも、突き詰めたい"理想"はあるか?
…私にはある。
たとえそれが、人類の7割から恨まれることだとしても関係ない。
私は…実行する。
見下されるだけの人生に終止符を。~文系人は『オイラーの公式』を理解せよ!~後編
テイラー展開
シエル:「面白いものを見せよう!テイラー展開だ。」
シエルちゃんは数学の話を本当に楽しそうに話す。
まったく…頭の良い人を前にすると、自分の無力さを痛感させられる…。
実際のところ、怖いし、もう見たくないというのが本音だ。
でも…それでも決して抑えられない知的好奇心が僕を『その先』へと進ませる。
「こんなことも知らないのか?」と頭のいいヤツは僕のことをバカにするだろう。
言わせておけ、そんなことはどうだっていい!
新しい知識を取り入れる度に、思考はより鮮明になり、直感は研ぎ澄まされる。
苦難を打ち負かすことで得られる快感。
僕たちは可能な限りの準備をし、突如訪れる苦難と対峙する。
この繰り返しが人生だ。
明日死ぬかもしれないし、死んだら全てが無駄になる。
こんな素晴らしいエンターテイメントが他にあるだろうか?
賭けてもいい、そんなものは無い!
シエル:「確認だが…指数関数
『f(x)=eのx乗』のグラフはこんな感じになる。」
シエル:「テイラー展開は指数関数のような複雑な関数を、我々に馴染み深い多項式の形に変換する展開法だ。
まず、指数関数『f(x)=eのx乗』を次のような形に展開できると仮定する。」
僕:「なるほど…『eのx乗』を、『多項式を昇べきの順に並べた形』に変形できると仮定したわけか。
aの右にある数字は数列みたいだけど…。」
シエル:「アルファベットでは26文字が限界だからね…
aの横に数字を添える手法を使えば、この数式が無限に続いても対応可能だ。
因みに、『x⁰=1』だから、『a₀x⁰=a₀』だね。
a₀は、この関数の"切片"だから、
グラフから『a₀=1』であることがわかるね。
次に、『eのx乗』を微分しても『eのx乗』になるという性質を利用して、この関数を連続微分していくよ。」
シエル:「とりあえず5回微分してみたよ。
『eのx乗』を何回微分しても『eのx乗』になるから、それぞれの関数の切片はすべて『1』になるね。
a₀を求めたように、a₁~a₅まで求めてみよう!」
シエル:「これらを最初の式に当てはめる。」
僕:「敢えて『1分の1』と書いているのはなぜかな?」
シエル:「こう書いた方が法則がわかりやすいと思ったからね。
この式を見て何か気づかないか?」
僕は少し考える…。
僕:「1.2.6.24.120...
なるほど…次の数字は720だね。」
シエルちゃんは満足そうな顔で話を続ける。
シエル:「『階乗(!)』、ミクサには簡単すぎたね。
因みに720の次は『7!』で、
7×6×5×4×3×2×1=5040となる。
階乗でまとめた方がシンプルだから、先ほどの式を階乗を使って書き直すね。」
シエル:「グラフを描けば段々と関数『f(x)=eのx乗』に近似していっているのがよくわかる。」
シエル:「『eのx乗』をテイラー展開することができたから、これに『i乗』をかけて『eのix乗』の展開式をつくろう。
虚数(i)は2乗すると-1になる数字だったね。」
僕:「"愛情(i乗)をかけてつくる"とはうまいこと言ったねw」
シエル:「はっ?
意味不明なこと言ってないで、早く計算しろ。」
わざとじゃなかっただと!?
これは…なんかすごく恥ずかしい…
僕:「えっと、iが2つで-1だから…これでいいかな?」
三角関数の微分
シエル:「よし。
オイラーの公式の右辺にある三角関数も同じように展開しよう。
まず、三角関数
『f(x)=sinx』を微分するよ。」
僕はゆっくり手を上げる。まるでミアみたいだ…
僕:「『h分のsinh』のhの値を限りなく0に近づけると、どうして1になるのかな?」
シエル:「確かに…直感ではわかりにくいな。」
シエル:「だが表にしてみれば一目瞭然だ。
hの値を限りなく0に近づけていくと、
『sinh÷h』の値は限りなく『1』に近づいているのがわかるね。」
僕:「なるほど…
ははっ、こういう力業は好きだなw」
シエル:「同感だ。
現代人は口を開けば、やれ"生産性"だのやれ"効率化"だの…自分で自分の首を絞めているとも知らずに…
…次はcosxを微分するよ。」
僕:「同様に、『-sinx』を微分すれば『-cosx』に、
そして、『-cosx』を微分すれば『sinx』に戻る…
面白いね。」
オイラーの公式
シエル:「さて、ここで三角関数をテイラー展開していきたいところだが…
もう随分と暗くなってきたことだし、
展開法についても『eのx乗』の時と同じことをするだけだ…。
そこで、今日は展開の過程は飛ばして結果だけを見せる。」
シエル:「あーっ!
無限級数でバシッと締めたかったのに説明する時間がない…仕方ないからこのままでまとめるよ。」
僕:「いや…数学が苦手な僕には、これくらいわかりやすい形じゃないと理解に苦しむから、逆にありがたいよ。
無限級数ってシグマだよね?
また次の機会に教えてほしいな。」
シエルちゃんは時間を確認すると、出していた荷物を片付け始めた。
シエル:「よし…ギリギリ説明できた~。
明日は朝早くてね…私はもう帰るとするよ。
おいしかったぞ!ご馳走様でした♪」
シエルちゃんはそう言って席を立つと、僕に背を向け立ち止まる。
シエル:「Figures don’t lie, but liars figure.(数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う。)
世界は嘘で溢れてる…
ミクサ、市場で生き残りたいなら…あらゆるものを疑え。」
シエルちゃんはそう言い放つと店の出口に向かって歩いて行った。
テーブルの上にはレシートの入ったプラスチックの筒が一つ…なんとなく寂しくも悲しさに満ちている雰囲気を漂わせていた。
会計を済ますと、僕も店を後にする。
帰り道を歩いていると、僕の額に水滴が落ちた。
僕は立ち止まり空を見上げる。
僕:「最悪だ…。」
徐々に雨足は強まり、やがてザーザーと本格的に降り出した。
僕はカバンを頭に走り出す。
もう少しだ、あの角を曲がれば…その瞬間だった。
???:「あなたに話さなくてはいけないことがあります。
時が来たら、お伝えいたします。」
僕:「へっ?」
振り返ったが、そこには誰もいなかった。
女性の声…そして、僕はその声の主を知っている。
・・・クロイさんだ。
To be continued...