インカ帝国の文明崩壊~侵略者は何を得たのか?~後編


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インカ帝国の文明崩壊~侵略者は何を得たのか?~前編

CONTENTS

インカ帝国の文明崩壊~侵略者は何を得たのか?~後編

アタワルパの死

レイ:「将軍フランシスコ・ピサロと彼と共にこの新大陸遠征を計画した、親友のディエゴ・デ・アルマグロ。

そして一時ではあったものの、インカの皇帝にまで上り詰めたアタワルパ…

 

これから彼らが歩む人生は決して、『幸福』などと呼べるものではなかったのだから…。

 

"カハマルカの惨劇"後、ピサロたちはアタワルパを人質にすると、『インカ皇帝の解放』を餌に身代金交渉を行い、有史史上最大規模の身代金をせしめることに成功する。

 

自分の立場を理解していたアタワルパはスペイン人の要求に従い、

縦6.16m×横4.76mの部屋に白い線を引いた高さ(1.96m)までを金で満たして差し出すようインディオたちに命じた。

 

❝スペイン人は豚のように金に飢え、猿のように金を手に取り喜んだ❞

 

…これは、メキシコのアステカ人たちが後世に言い伝えたスペイン人への印象だが、このときのインディオたちの目に、彼らはどう映っただろう?」

 

『"怪物として生きる"のと"人間として死ぬ"のでは、どちらがより悪いだろう?』

僕はシエルちゃんとの会話を思い起こしていた。

 

僕:「残念なことだけど…

僕たち現代人も、当時のスペイン人たちと何も変わらない…

豚のようにカネを欲しては、カネを手にすると猿のように喜ぶ。

 

相手に悟られることなくカネを奪う手段…それが"ビジネス"だ。

そしてその手口は時代とともに、より巧妙なものに進化している…。

 

当の僕自身…自分のやっていることの醜さに、最近まで気づかなかったんだから…。」

 

レイちゃんは机の上に置いてある金色のアンティークオブジェを手に取ると、それを天井に掲げる。

 

レイ:「『羨望』は十戒に含まれていただろうか…

七つの大罪、

傲慢・憤怒・強欲・怠惰・暴食・色欲…

中でも、羨望(嫉妬)だけは完膚なきまでに人間を惨めにする。

 

世界を動かしているのが"欲望"ではなく"羨望"なら、不幸な人がこれほどまでたくさんいるのもうなずける。

 

これほどの黄金を差し出したのだから、スペイン人もきっと満足するだろう。

解放されてインカ皇帝の地位に返り咲けるのも、もうすぐだ…アタワルパはきっとそう思い、安堵していたことだろう…。

 

ピサロらは査問会を開いて、現地人の証人発言のもと、アタワルパの今後を決定することにした。

 

そして、多くの議論が重ねられた結果、査問会はアタワルパを『ワスカル(アタワルパの異母兄弟)を殺害し、皇位を奪ったことでスペイン人たちを不快にさせた』として、火あぶりの刑に処す判決を下した。

 

この判決にアタワルパは恐怖し、泣きながらピサロに嘆願(タンガン)した。

 

この国の人間に限らずとも、空を飛ぶ鳥でさえも私の命令がなければ動くことはない。財宝が欲しいのなら前の2倍差し出そう。だから…

 

アタワルパの必死の訴えに、ピサロも泣いてアタワルパを救えないことを悲しんだそうだが…

この査問会自体が実際に開かれたかどうかは定かではなく、このときピサロが何を思っていたのかはわからない。

 

バルベルデ神父は処刑に際し、

あなたもキリスト教徒になるのであれば、罪は減刑され、絞首刑になるだろう。

と告げる。

 

インカ帝国の風習では、皇帝は死んだ後もミイラ化されて、臣下たちから奉仕を受けることになっていた。

焼かれてしまっては、ミイラにしてもらうことも叶わない…。

 

これを恐れたアタワルパは、神父の勧告に従い、洗礼を受けキリスト教徒となった。

 

1533年7月28日…アタワルパの死刑は執行された。

 

僕:「約束を反故にしたうえに、人の弱みにつけ込んで改宗まで迫る…

当時のスペイン人のありようが見えてくるね。」

 

"金"だけで壊れる友情

レイ:「ピサロたちはインカ人たちから奪った財宝を、どのように分配するか話し合った。

この協議にはピサロの古くからの友人であり、この遠征を共に計画した、相棒のディエゴ・デ・アルマグロも合流し参加していた。

 

その内訳は…

ピサロ総督、57220ペソ。

ピサロの兄弟には10000~30000ペソが、

騎兵には8880ペソ。

一般兵にも3330ペソが報酬として分配された。

 

一方、友人のアルマグロの"部隊"への報酬はピサロ部隊の騎兵の約2人分…

わずか20000ペソだった。

 

当然のことながら、アルマグロにとってこの金額は決して納得できるものではなかった。

 

また、ピサロの兄弟たちはピサロの権威を傘に、周囲に対し傲慢な態度を見せるようになり、アルマグロとも度々衝突することになる。

 

1537年4月18日、怒りが頂点に達したアルマグロは部隊を率いて、ピサロの兄弟が支配していたクスコという街を襲撃、エルナンド・ピサロとゴンザロ・ピサロの2人を捕虜にする。

 

この後、ピサロとアルマグロは交渉のために会見するが、かつての親しみのこもった挨拶が両者の間で交わされることはもうなかった。

 

かくして、サリナスの地において両者によるペルーの支配権をかけた決戦が開かれた。

1538年6月8日、この戦いでアルマグロは敗北、裁判の末、斬首刑に処された。

 

旧友であり相棒でもあったアルマグロの死に、ピサロは長い間座り込んで、涙を流して悲しんだという。」

 

Vengeance is very sweet.(復讐は蜜より甘い)

レイ:「1541年6月26日の日曜日、この日は教会でミサを挙げる日だったが、ピサロは家で過ごしていた。

 

アルマグロの残党が集結しているという噂に、まさかとは思っていたが、大事をとってのことだった。

 

午前11時、寝室にいたピサロは外の騒がしさに吃驚(キッキョウ)した。

ピサロの屋敷に数十人の武装した男が、彼のいる寝室めがけて進入してきたのだ。

 

突然の侵入者に驚いた従者たちは、我が命が大事といわんばかりにピサロを見捨てて逃げ出してしまった。

 

ピサロは急いで武器を身に着け戦ったが、完全武装した多人数を前にしては最初から勝ち目がないのはわかっていた。

 

一突きの槍の前に倒れ自分の最期を悟ったピサロは、指で十字架をつくり口元にやると、罪の告白をしたいと願い出た。

 

だが、アルマグロ派の残党である彼らにとって、ピサロのこの願いは到底聞き入れることのできないものだった。

 

侵入者の一人であるファン・ボレガンは、大きな水差し壺を手に取ると、

告解は地獄でやりな!

と言い放ち、ピサロの顔めがけて壺をたたき落とした。

 

この『ピサロ暗殺計画』を企てたのは、故アルマグロの同姓同名の息子、ディエゴ・デ・アルマグロ・モゾだった。

 

既に彼は、王室に根回ししてピサロの弟であるエルナンド・ピサロを牢獄に送ることに成功していたし、屋敷にいたピサロの弟、フランシスコ・マルチンも殺害していることから、その目的は誰の目から見ても『父親への復讐』であることは明らかだろう…。

 

重い壺で顔面を強打され、ずぶ濡れの姿で息絶える…。

あらゆる欲望を叶えたこのペルーの支配者は、こうして惨めな最期を遂げたのだった。

 

一方、ピサロ虐殺の報告を耳にしたバルベルデ神父は、そそくさと手持ちの金銀財宝をまとめるとパナマ行きの船に乗り込み、ペルーからの逃亡を図っていた。

 

道中に立ち寄るプナ島だが…ここはかつてピサロたちがインカ帝国に上陸する際、島民を虐殺した島だった。

ここの島民は人肉を食す文化があり、ここで神父は捕らえられ、昔の恨みを晴らすため…かどうかはわからないが、『食料にされて腹の中におさめられた』と記録されている。」

 

"実力"も"運"のうち。

僕:「ハハッ、最後のは衝撃的だったけど、悪いことをした人にしっかりと天罰が下るなんて爽快な物語だったね。

でも、この物語の登場人物を突き動かしたのは、『もっと豊かになりたい』という羨望だった

これは僕たちの誰もが胸に抱く願望だよね…。

 

僕も20代のころは、もっと豊かになりたいと思う一心で働いていた

そして今、収入も増えて生活は快適になっているはずなのに、"株式投資"なんて始めて、もっと豊かになることを目指している。

 

『裕福になるのはいいことだ』…僕たちはこれを正しいことだと教育されて生きてきたけど、これじゃピサロたちのやっていることと何も変わらない

僕たちも…罰を受けるときが来るのかな?

 

レイちゃんは本棚の横にある脇机(ワキヅクエ)に置かれた地球儀の前に向かうと、それを回した。

何度も…そう、何度も。

 

レイ:「ピサロたちは、なぜインカ帝国を征服できたのだろうか?

 

それはインカ人の有していなかった『騎乗の技術』や、『鉄製の鎧』を身にまとっていたこと、『大砲や銃といった武器』を扱えたことなどが考えられるが…

 

それでは、なぜスペイン人たちはこれら技術をインカ人たちよりも早く手に入れることができたのだろうか?

 

僕:「ヨーロッパ人の方が優れていたから…じゃないよね?」

 

レイちゃんは地球儀を止めると、それを僕に見せる。

 

レイ:「今から約20万年前、アフリカで生まれた人類は、大型の草食動物を狩りながら世界中に分布していった。

 

動物を狩ることができる間はそれでよかったが…やがて動物を狩りつくしてしまうと、人々は植物を栽培するようになった。

今から約1万年前の"肥沃な三日月地帯"でのことだ。

 

少人数で大量に食料が生産できるようになると、"働かなくてもよい人"が生まれた。

彼らは宗教を利用して人々をうまくまとめあげると、自分たちに有利な社会…つまり官僚制の社会を築き上げた。

 

人類学者が狩猟採集民を観察すると、どの集団も食料の減少とともに、食物の栽培を始めることが観察されている。

生物学者の言葉を借りれば…どうやら私たちは、そう行動するように遺伝子的に"プログラムされている"ようだ。

 

農耕社会は人類に余裕を与え、鍬(クワ)や鋤(スキ)といった道具の開発を始め、馬や牛を農耕や物資の運搬に利用する技術を発展させた。

 

米や豆といった貯蔵が容易な食料の栽培はやがて、貧富の差を生み、争いの元となった。

ゆえに人類は、他人から物を奪うための武器と、自分の所有物を守るための武器を開発、発展させてきた。

 

このスピードが、ヨーロッパ人の方がインカ人よりも早かった…ただ、それだけのことだったんだ。」

 

僕:「壮大な話だね…。

でも、ヨーロッパ人がインカ人よりも技術の発展が早かった理由がわからないな…。」

 

僕はレイちゃんの持っている地球儀を見てハッとする。

 

僕:「なるほど!地形か!」

 

レイちゃんは軽く頷くと話を続ける。

 

レイ:「そう…肥沃な三日月地帯で生まれた農耕文化と発展した技術は、ユーラシア大陸を伝い東西に伝番した。

 

東西に広がるユーラシア大陸は、南北に広がるアメリカ大陸よりも気候の変化による影響を受けにくいために、技術の伝番が早かったんだ。

 

バナナを寒冷地で栽培するのが難しいように、南北では技術の伝番が遅れがちになるんだ。」

 

 

僕:「比較的温暖な気候と、食物がよく育つ肥沃な土地、技術が伝番しやすい東西に延びる大陸…

それじゃぁ、ヨーロッパ人が世界を支配できたのは"たまたま"になるじゃないか!?」

 

レイちゃんは椅子に腰がけると、机に頬杖(ホオヅエ)をついて、したり顔で言う。

 

レイ:「じゃぁキミは、"自分の実力だけで"成し遂げたことがあると言うのかい?

 

僕は肩の力を抜いて溜息をついた。

 

僕:「いじわるな質問だな…

そんなもの、あるわけないじゃないか…

 

僕はそっと、まぶたを閉じた。

 

・・・

 

ミア:「・・・加減なこと言わないで!」

 

珍しく張り上げられたミアの声に、僕はハッと目を覚ます。

動揺しているミアの視線の先に立っているのは…クロイさん!?

 

クロイ:「ミクサさん…レイさんには会えましたか?」

 

僕:「へっ…?

…あなたは何を知ってるんですか?」

 

そのとき、ミアは僕の腕を強く掴んで引っ張った。

 

ミア:「行くよミクサ…私、この人嫌い。」

 

ミアに連れられるがまま…僕は屋敷をあとにする。

 

クロイ:「知っていますよ…何もかも。」

 

To be continued...

 

※当記事の執筆においては、下記資料を参考にさせていただきました。

・『インカ帝国~その征服と破滅~』山瀬暢士著

・『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド著

・『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ著

・『マンガーの投資術』デビッド・クラーク著

・『新共同訳聖書』日本聖書協会