【文明崩壊編】
・第一章『イースター島の文明崩壊』
CONTENTS
レイ:「2007年…メキシコの巨大海底洞窟を3人のダイバーが調査していた。
暗闇の洞窟内を注意深く進み、最深部へとたどり着いた彼らが目にしたのは、足元に広がる"大空間"へと続く巨大な穴だった。
スペイン語で『ブラック・ホール』を意味するオジョ・ネグロと呼ばれるこの穴の先で…
サーベルタイガーやオオナマケモノといった更新世の動物骨に混じって、一人の人間の遺骨が発見された。
この遺骨を骨学鑑定した結果、概ね1万3000年前にこの地にやってきた16才前後の少女であることが断定され、ギリシャ神話の水の妖精『ナーイアス』にちなんでナイアと名付けられた。
アメリカ大陸先住民の祖先であるナイアが生きた時代から約1万年後、この地では高度に発達した建造技術と独自の文字体系を有する古代文明が栄えていた。
…文明崩壊にはサイクルが存在する。
古代ギリシアやローマと同じく、この文明も崩壊した。
かつて『人類のユートピア』と呼ばれたマヤ文明はなぜ崩壊に至ったのか?
ミクサ…投資家である君は、真実を知り、受け入れなければならない。
今、人類を破滅へと導いているのは『投資家』であるということを…。」
文明崩壊のサイクルに迫る。~なぜ繁栄した都市は放棄されたのか?~
古典期マヤを代表する巨大都市
アンティーク調に統一された広い部屋…
祖父母が他界して直ぐのこと、「この家に住みたい」と彼女は両親に頼み込んだそうだ…
両親は、彼女の初めての自己主張に応え、この家を彼女に与えた。
それ以降彼女は、この家の扉に鍵をかけ、外界との干渉を絶った。
レイちゃんはミアの妹で、三姉妹の末っ子だ。
ミアの頼みで、僕はたまにこの家を訪れている。
なぜかはわからないけど、僕はこの家に入れる…
ミアが言うには、『僕は彼女によく似てるから』だそうだ…意味がわからない。
レイ:「・・・今、人類を破滅へと導いているのは『投資家』であるということを。」
僕:「…投資家が人類を破滅させるとは驚いたな。
確かに投資家は商品の価格を吊り上げて、供給網を混乱させるし、
不景気になるとパニックに陥って、それが危機を招くことも多々あるよ。
でも、投資家の本来の仕事はお金の無いところにお金を届けることで、これは社会にとって大切な役目だと思うけどな…。
マヤ文明崩壊の歴史…これを知れば、どういうことかわかるんだね?」
レイちゃんは軽く頷き、語り始めた。
レイ:「古典期マヤを代表する巨大都市『学術と芸術の都』コパン。
この地に人類が居住を開始したのは、紀元前2000年頃からだと言われている。
当時この地では、度重なるコパン川の氾濫によって、肥沃なはずの谷底の土地が利用できず、少ない農地をめぐって、独立した村落が互いに争い合っていた。
紀元後100年頃、外部の都市から土木技術が持ち込まれると、この問題は解決され、それと同時に、この地の様相も変化を強めていく…」
レイ:「利用可能となった肥沃な土地は、コパンの民に十二分な食料を供給してくれた。
豊かになったコパンの人口は増え続け、やがて、谷底の土地は全て住居と耕作地で覆いつくされるまでになる。
400年代になると、『ヤシュ・クック・モ』なる人物がやってきて、後に17代まで続くコパン初の王朝を創始する。
王は民に降雨と豊穣(ホウジョウ)を約束することで、見返りとして支配権と豪奢(ゴウシャ)な生活を享受した。」
僕:「この前教えてくれたイースター島の話を思い起こさせる展開だね。
イースター島の首長たちは権力の象徴としてモアイ像を欲した…ひょっとして、古代マヤの王たちが欲したのは、遺跡で多く見られる巨大な建造物だった…!?」
農業の変化
レイちゃんは話を続ける。
レイ:「マヤの農耕は焼き畑式農業として知られる方法で始まった。
森の一区画を切り開き、雨が降る前に焼いて作物の種を植える。
森を焼いた灰は肥料となり、短期的に土地の肥沃度を増大させるが、その反動として2~3年後には、その土壌の生産力は急激に低下してしまう…
人口密度が低く、農民が数年毎に移動するだけの土地がある間は、この農法は非常に上手くいっていたが、人口が増えるに連れて限界が見えてきた。
農民たちは『休閑期の短縮』や『二毛作』『灌漑(カンガイ)』などを複合的に利用することで、生産性を高め、増加し続ける人口を維持しようと奮闘した。」
僕:「そこまで切羽詰まった状況だったのなら、流石に支配者側の人間も、何か対策を講じるはずだよね?
農地も無限に作物を生産できるわけじゃない…こんなドーピング的な方法では、すぐに行き詰るのは明らかだ。」
レイ:「コパンの人口は5世紀頃から激増し始め、古典期後期(750~900年)には最大数の27000人に達したと考えられている。
この時期には、人口増加を支えるためにリスクの高い急斜面の耕作さえも余儀なくされていた。
支配層はそれを見て、
『王を称える石碑』を650~750年にかけて大型化させた。
700年以降になると、王だけではなく貴族までもが自分の宮殿を建造し始め、800年にはおよそ20の宮殿が建てられた。
この時期のコパンでは広範囲で森林が切り払われた痕跡があり、伐採された木の大部分が燃料に、そして残りが宮殿の建設や、宮殿を彩る漆喰の材料として利用された。」
僕:「酷いな…こんな権力者たちの手のひらで踊らされるような人生は送りたくないね。」
そして、文明は崩壊した。
レイ:「木を失った森は、表土が雨風に直接晒されるため侵食され易くなる。
コパン地域でも例外はなく、雨によって浸食された急斜面の地力の低い土が、谷底の肥沃な土を覆い隠した。
これにより食料生産量は急減し、ただでさえ限界に達していた食料供給は危機的状況に陥ってしまう…
そこに人為的な旱魃が追い打ちをかけることになる。」
僕:「『人為的な旱魃』?旱魃は自然現象じゃないの?」
レイ:「森林は水が循環する過程で重要な役割を担っている。
特に熱帯地域での大規模な森林破壊は降雨量の減少を引き起こしやすいんだ。
農民たちは少ない農地をめぐって、再び争うようになる。
それも昔よりも人口が増加している分、大規模で過激なものであったことは言うまでもない…
王の宮殿は焼かれ、公約を果たせなかった王は、責を負われ神への生贄に捧げられた…と考えられている。
コパンの人口は最盛期の27000人から徐々に減少が進み、1250年頃を境に、この地に人が住んだ痕跡はなくなった。
こうして、繁栄した都市は完全に放棄され、賑わっていた景観は今では、森林に囲まれてひっそりと佇む遺跡へと姿を変えた。
…文明崩壊にはサイクルがある。
母なる自然から食料を授かると、人口の増加とともに文明化が進む。
社会統治システムが生まれ、支配層への富の集中が起こる。
そして多くの場合、環境破壊が進む。
やがて、自然の食糧供給能力が人口の増加を賄えなくなると、凄惨な紛争の末、文明は崩壊する。」
確かに…文明崩壊にはサイクルがあるようだ。
でも、人間は過去から教訓を学び、過ちの繰り返しを防ぐことができるはずだ!
僕は一つの疑問をレイちゃんに投げかけた。
『今回は違う』!?
僕:「確か…古代マヤは広大で、他にもたくさんの都市が存在しているはずだよね?
それに、コパンに土木技術が持ち込まれたということは、外部都市とも交流があったはずだね。
コパンの前に同じように崩壊した都市がなかったとしても、コパン崩壊の歴史から他の都市は教訓を得られている可能性が高い…
もしそうなら、コパン以外の都市は、このサイクルに当てはまらない形で崩壊していったことになるよね?」
レイ:「コパン崩壊の約600年前、エル・ミラドールという都市が人口増加と森林伐採によって放棄された。
この地を象徴する建造物『ラ・ダンタ』は世界最大級のピラミッドであることで有名だ。
古典期マヤの多くの都市が同時期に放棄された『古典期マヤの崩壊』は旱魃による影響が大きかったと考えられているが…最新の分析の結果、マヤ地方の旱魃は208年に一度の周期でくり返されていることが判明した。
旱魃はマヤ地方にとって珍しいことではなかった…
だが、マヤの都市を統治する王たちは、旱魃に対する対策を講じるよりも、目先の課題...私腹を肥やすことや戦争を行うこと。
また、その原資を平民から取り立てることなどに注力した。
そして、後古典期を代表する都市チチェン・イツァやマヤパンも、コパン崩壊の事例を活かすことなく、同様に崩壊していった。
歴史は繰り返す…なぜなら、人間には遠い過去の出来事を軽視する傾向があるからだ。」
こんなこと、到底受け入れられるはずはない…
僕たちはより豊かになるために、そして…この国の社会秩序を維持するために働いている。
より多く稼ぎ、消費し、余ったお金は投資して経済を回す…
これを否定してしまったら、僕はずっと自信満々で間違ったことをやり続けていたことになってしまうじゃないか!
僕:「…それでも今、多くの人が環境問題を気にしている。
もちろんそれは僕も例外ではないよ。
きっとみんな危機感を持ってくれるはずだ!
そしたら不要に物を買うこともやめて・・・」
レイちゃんは僕の言葉を遮るように声を重ねてきた。
レイ:「ミクサ…君は今の仕事を好きでやっているのかな?」
僕:「…誰だって、労働なんて好き好んでやったりしないよ。
生きるためには稼がなくちゃいけない…仕方ないんだ・・・!!」
レイ:「今、地球上に生きる80億人の人類の多くが仕方なく働いている。
マヤ文明崩壊後、1000年の時を経て再生した森林は、今再び、住民たちによる伐採の危機に晒されている。
ある地域では、1000年かけて生成された土壌が、農耕が再開されてからわずか10年で基岩まではぎとられてしまったそうだ。
過去の教訓は人々の行動を変えたりはしない…生きるために仕方なく、同じ過ちを繰り返す。
確かに、マヤ地方やイースター島は地球全体として見れば小さな面積を占めているに過ぎない…
だが、宇宙を海に例えるなら、地球は宇宙に浮かぶ小さな島の一つに過ぎない。
…危機が目前に迫り、且つ、採れる選択肢が絶望的だった場合、多くの人が同じ言葉を口にする。
ミクサも投資家なら聞き覚えがあるだろ?
"This time is different"
『今回は違う』だ。」
何を信じて生きるのか?
レイ:「"This time is different"『今回は違う』だ。」
僕:「!!」
僕のやってきたことはすべて間違いだったのか?
人間の経済活動が、人類の文明の寿命を縮めていたなんて…
じゃぁ僕は、これから何を信じて生きればいいんだ…。
ドサッ!
膝に力が入らなくなり、僕はその場に座り込んだ。
僕:「なるほど…レイちゃんの気持ちが少しわかった気がするよ。
ハハハ…明日から罪悪感を抱きながら働かないといけないわけだ。」
レイ:「これから…どうするつもりだ?」
僕:「わからない…とりあえず今まで通りの生活を続けるよ。
たとえそれが…間違った行動だったとしてもね。
でも、絶対に見つけてみせるよ!この難問の解決策を。
そしたらレイちゃん…君のことも救えるかな…?」
レイちゃんは窓の外…ずっと遠くを見つめながらつぶやいた。
レイ:「待ってる…。」
To be continued.
当記事は下記資料を参考に作成しています。
・古代マヤ文明~栄華と衰亡の3000年~(鈴木真太郎著)
・土の文明史(デイビッド・モントゴメリー著)
・文明崩壊(ジャレド・ダイアモンド著)