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「僕たちはどこで間違えたのでしょうか?」
後輩からのこんな問いかけに、僕は返す言葉を見つけられなかった。
気難しいジジイの顔色窺い、下積みすること12年。
ようやく自分らしく働けると意気込んだ矢先、会社の業績が傾いた。
世界規模で見れば小さな会社だけど、地域的には大手だった。
周りはみんな羨んでくれたし、社員たちも皆、会社の将来性を心から信じていた。
銀行に行って会社の名前を口にすると、特別な金利でたくさんのお金を難なく借り入れることができた。
業績転落の原因は、"社員たちが怠惰だった"から?
いや、それはおそらく違うだろう…
社員たちは皆、一生懸命に働いていた。
係長以上の社員は朝6時~夜10時まで週6で就労していたし、
「軍隊か!?」と突っ込みたくなる程の縦社会で、
「軍隊か!?」と突っ込みたくなる程の頭髪を含む厳しい身だしなみ規制があった。(←これについては、僕は一度も守ったことはない。)
新入社員研修では、軍…自衛隊への体験入隊が導入されており、ここで縦社会の厳しさと根性論を叩きこまれることになる。
『パワハラ』は犯罪だが、この会社では必要悪とされ、長い間黙認され続けた。
ある従業員が、激務と上司からの執拗な嫌がらせが原因で、奇声を上げながら窓ガラスに頭を打ち付けていた光景を僕ははっきりと覚えている。
それでも、社員たちがこの仕事を続けられたのは、揺ぎない経営陣への信頼と、一流企業の社員としてのプライド、そして、それなりに満足できる給料水準が存在していたからだった。
業績転落の初期の頃、社員たちは一人として現実を直視しようとはしなかった。
「大手だから大丈夫」
こんな意味不明な呪文を繰り返し口ずさむだけだった。
赤字経営が2年、3年...と続くうちに、
「この会社が潰れるかどうか?」という話題は、いつの間にか「潰れるのは前提で、それはいつなのか?」という内容に論点がすり替わっていた。
経営陣の信頼は地に堕ち、統制されていた縦型の階級組織図は事実上崩壊した。
個人の自由意志は以前では考えられないほど尊重されるようになり、パワハラは減り、サービス残業も無くなった。
僕は今、居心地の良い泥船に乗って、船が沈むのを眺めている。
動かないことが正しいことなのかはわからない。
でも今は、そうするしかできない。
『危険に満ちた自由』への追放が秒読み段階に入った今、鎖に繋がれた人生に満足していた犬は、憂鬱な気分で冒険の準備に取り掛かる。
したいことをするためではなく、
欲しいものを手に入れるためでもない...
ただ『罪を償うため』だけにこの犬は、自由な世界で生きる覚悟を胸にする。
脱社畜への道~罪を償うために生きていく~
脱社畜計画
非常にマズイ状況だ…
家にも学校にも居場所がなかった地獄の10代を生き抜いて、
20代は、よく怒鳴る熊や虎みたいな上司たちに泣かされながら(泣いてない!!)、複雑な人間関係をやり過ごした。
人生における大体の問題は時間が解決してくれるけど、今回の問題はそうじゃない。
そして、これまでの問題とは違って、今直面している問題で影響を受けるのは僕一人だけでは済まないということが問題の深刻度を一段と高めている…。
これは他の誰のせいでもない…
他人に言われるがままに生き、
皆が望む幸せが幸せだと疑わなかった…
これは、僕の失態だ。
まぁ…病んでいても仕方がないから、今の状況を整理しよう。
僕の家庭は専業主婦の妻(当ブログではミアとして登場、以後の呼称を『ミア』とする)と、まだ幼い娘2人(当ブログでは登場せず)の4人家族だ。
家族の唯一の収入源が、僕の勤める会社からの給料所得だったが、前述の通り、会社の経営状況はよろしくない。
4年前…この状況に危機感を感じ始めた僕は、会社に依存しきっている生活(社畜)から脱却することを目標に、脱社畜計画を打ち立てた。
やることはシンプルで、次の4つのことを同時に推し進めていく。
『支出の削減』は順調だ。
酒とタバコ、そして車の趣味を止めることに成功したし、スマホの格安SIM化、外出を減らし、節水・節電にも努めている。
『債務の返済』についても、年内には住宅ローンを除く負債はすべて完済できるだろう。
『Fuck you money』とは、"上司に「クソヤロー!」と言って会社を飛び出した挙句、会社をクビになっても1年間は生活していけるだけのお金"という意味だ。
会社員は日々『耐える』『闘う』『逃げる』の選択を繰り返しているが、お金が無ければ『逃げる』という選択肢が取れなくなってしまう…
なによりも怖いのは人間だ。
年収の1~2年分を現金でストックしておくことは重要だ。
これに関してもなんとか確保することに成功した。
そして『収入源の多角化』だ…
僕の今考え得る、あらゆる選択肢を選んだとしても、今の生活水準を維持するのは難しいだろう。
それに仕事を変えたとして、新しい仕事が上手くいく保証なんてどこにもない。
倒産、精神病、リストラ、不慮の事故・病気…人生転落の要因なんていくらでもある。
なにか興味のあることを突き詰めることでお金が稼げるならいいが…今は正直お手上げ状態だ。
僕は失望されることを覚悟して、想定される最悪の状況について、ミアにすべて打ち明けた。
ミアは親身に話を聞いてくれたが、少し動揺しているようだった。
もうミアは10年以上、社会から距離を置いている…当然の反応だろう。
結婚前とは何もかもが変わってしまった…
ミアには本当に申し訳ないと思っている。
僕たちの大罪。
誰かの命を奪うことに匹敵する罪があるとすれば、それは、恵まれない環境に命を誕生させてしまうことだろう。
身勝手な僕たちは、罪悪感の欠片も持たないまま、そんな大罪を犯してしまった。
きっと彼女たちはこれから、たくさん傷付いて、たくさん苦しんで、たくさん悩むだろう…
いつの日か、僕たちを恨むようになるかもしれない。
科学の進化に人間の脳が追いつけない時代。
取得する情報の偏りが人間を二極化させていく時代。
環境破壊・人口増加・格差拡大が世界規模で同時に進行する時代…。
こんな時代だけど、彼女たちが路頭に迷うようなことだけはあってはいけない。
彼女たちはきっと、僕たちよりも複雑な社会の中で生きていくことになる…
だから、そんな彼女たちの自由な選択を、可能な限り支援したい。
心がはち切れそうになったら、いつでも休める安全な居場所を提供したい。
こんなことで許されるなんて思わない。
でも、許されないから、
僕はまだ死ねない。
そして、働いて、稼がなくてはいけない。
不幸の賞味期限
これまでの人生、僕は大切なものをたくさん得てきた。
自分でもなんとかやっていける仕事と、良好な人間関係。
中流階級として、なに不自由のない生活。
そして信用。
居心地の良い家と、温かく迎えてくれる家族。
長い時間をかけて築いてきたものだけど、崩れる時は一瞬だ。
戦場の兵士や、過酷な環境の中で生きている人々が自殺することなんて滅多にないのに、裕福な人は資産や仕事を失っただけで簡単に自殺を考える。
僕たちは弱い生き物だ…。
失うことで受ける心的ダメージが、得ることによる幸せを上回るなら、どうして僕たちは幸せになんてなろうとするのだろうか?
幸福も不幸も、種の繁栄に必要な生物の持つメカニズムであり、その正体が脳内の特定の位置を流れる微弱な電流にすぎないことを神経科学者が発見して随分経つ。
幸せを追求し続けても、幸福度の上昇が頭打ちしてしまうのは感応度逓減性(カンノウドテイゲンセイ)と呼ばれる心理作用であり、不幸が続いた際にも同様の現象が発生する。
どんな幸福も3カ月過ぎれば当たり前になるように、不幸にも同様の賞味期限が存在することもわかっている。
多分、僕たちが哲学者の言う"よく生きる"ために大切なことは、幸福を追求し続けるのではなく、幸福と不幸の変動幅を小さくすることなのだろう。
大丈夫。
仕事を失ったとしても、
財産を失ったとしても、
信用を失ったとしても、
心についたどんな傷も、3ヶ月後には癒えているはずだから。
正直…
最近はずっと死ぬ方法ばかり探していた。
今の僕には欲しいものも、やりたいこともない。
本当に酷い会社だったけど、僕にとっては生きる理由のすべてだったんだ。
物理的よりも科学的な方がよさそうだから、何冊か科学と薬理学の本を買って今も勉強を続けている。
でも…確かに、それで僕は解放されるかもしれないけど、それはあまりにも無責任な考えに思えてきた。
僕には、僕の人生に家族を巻き込んだ責任があり、父親としての義務もある。
だから、どんなにダサい生き方だったとしても、今は生粋の社畜として必死に会社にしがみ付くことに決めた。
飼い主が代わったとしても同じだ。
僕にはまだできることが沢山ある。
もし、できることがどんどん減って、家族に負担を掛けるようになって、それでも、家族が僕から離れようとしてくれなかったら...
そうなる時まで、僕は生きる。
プライドなんてほとんどない僕だけど、『家族の負担にだけは絶対にならない』これだけは絶対に捨てられない、僕の最後のプライドだ。
僕たちの人生がこの先どうなるかなんてわからないけれど…でも、今は不思議と大丈夫だと思うことができる。
だって僕たちは、これまでに何度も危機を乗り越えて生きてきたのだから。
人間に関することに安定などないことを忘れてはならない。それゆえに、繁栄している時は過度の喜びを避け、逆境にある時には過度の落ち込みを避けよ。
【ソクラテス(古代ギリシアの哲学者)】
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