インカ帝国の文明崩壊~侵略者は何を得たのか?~前編


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【文明崩壊編】
第一章:イースター島の文明崩壊

第二章:マヤ文明の崩壊

第三章:ローマ帝国の崩壊

CONTENTS

インカ帝国の文明崩壊~侵略者は何を得たのか?~前編

 

レイ:リアちゃんはまだ5才の女の子だった。

研修先の病院に複視の検査のために訪れたその少女は、お気に入りのぬいぐるみを、まるで本当の友達のようにかわいがっていた。

 

私たちはすぐに仲良くなることができた。

「先生はすごいお医者さんだから、心配しなくても大丈夫だよ。きっとすぐ良くなるから。」

 

その夜、検査の結果が出た。

不安そうな両親を前に、神経内科の担当医が、ライトボックスに1枚の灰色のフィルムを張り付けた。

脳幹スキャン画像だ。

 

私たちの脳は左右の目で見た、ほんの少し違う二つの映像をうまく合成させて一つの映像を作り出している。

この合成がうまくいかなくなると複視、つまり物が二重に見えてしまうのだ。

 

私たちには複視の原因が理解できていた。

張り出された脳幹スキャン画像…彼女の脳橋に影が映っていたのだから...

 

『びまん性内在脳橋グリオーマ』それがリアちゃんの病名だった。

 

私はこの病気が実在することに対する激しい憤りを感じると同時に、なにもできない自分たちの無力さを恨んだ。

 

数ヶ月後には彼女は話せなくなり、動けなくなり、目を見開いたまま麻痺状態に陥る…

やがて、彼女にできることは上下方向の眼球運動だけになる。

 

だが、この病気が最悪なのは身体的自由を奪われることだけじゃない。

この病気が最悪と言われる理由は、この病気が彼女から『思考力』や『理解力』といった脳の機能を"奪わない"ことにあるのだ。

 

絶望感と喪失感に駆られ、私は近くの椅子に腰がけると、朝になるまで立ち上がることはできなかった。

 

現在の医療技術で、彼女を助ける術はない…そんなことはよくわかっていた。

でも…それでも私は、彼女を救いたいと強く思ったのだ。

 

 

カチッ…カチッ…

呼び出しブザーのスイッチを押したが、中から音は聞こえなかった。

もうこの家には、電力が供給されていないのだろう。

 

ミア:「まさかこんな状態になってるなんて…」

 

信じられないと言わんばかりの面持ちで、ミアは玄関の扉に手をかけた。

 

ミア:「開かない…鍵がかかってる。」

 

庭には雑草が生い茂っていて、伸びた蔓(ツル)が建物の3分の1くらいを覆い隠している。

曇った窓から屋内を覗くと、埃を被った家具や置物が点々と無作為に置かれているのが見えた。

 

人がいる気配はしないし、最近まで人が住んでいたであろう痕跡さえも見つけることができなかった。

 

僕:「残念だけど…今日はもう帰ろうか。」

 

ミアは目線を下に向けて頷いた。

 

僕たちは館に背を向け、来た道を戻ろうとした。その時だった。

 

ゴーン…

 

その音は、レイちゃんと会っていた部屋にあった、掛け時計の鐘の音だった。

 

僕:「ミア、間違いないよ!この音が証拠だ!

僕はここで、レイちゃんに会っていたんだ。」

 

ミアは首を傾げて僕を見ると、不思議そうに言った。

 

ミア:「音?なにか聞こえるの?」

 

僕:「へ…?」

 

どうやらこの音はミアには聞こえていないようだった。

そして、音は少しずつ大きくなっているように感じた。

まるで、音の発生源が僕に近づいているかのように…

 

ゴーン…ゴーン…ゴーン!

 

目をまばたかせた、その一瞬だった。

 

僕はまた、この空間に飛ばされた。

 

カハマルカの惨劇

レイ:「1532年11月16日、ペルーの高地カハマルカの広場をインディオたちが埋め尽くした。

 

金銀で美しく着飾ったインカ皇帝アタワルパを乗せた輿は、80人の首長たちに担がれ、前方に数千人の先導隊、左右を4万にも及ぶ戦士たちがそれを囲っていた。

アタワルパの後ろには、身分の高い者が乗っていると思われる2つの輿が続き、その後ろを金銀の冠を被ったいくつかの分隊が続いた。

 

スペインから来た征服者フランシスコ・ピサロと、広場の建物に身を潜めて待機していた166人の軍人たちは、その光景に恐怖し、そこへ来たことを激しく後悔していた。

 

フフッ、今も昔も変わらないな…。

 

平均よりも抜きん出て裕福になるためには、別の誰かから資源を奪わなくてはならない…まさに共有地の悲劇だ。

私たちが金儲けに対し罪悪感を抱いてしまうのは、本能的にこのことを理解しているからに他ならない。

人類が多くの時間を生きてきた狩猟採集時代には、他人を出し抜いて自分だけ得をしようとする者の居場所など在りはしなかったからだ。

 

だが…農耕の発明と、それに伴う技術の発展が彼らに居場所を与えてしまった。

・・・ハァ…。」

 

溜息をつくとレイちゃんは話すのをやめた。

いきなりここへ連れてこられた僕に対する配慮だろうか?

 

僕:「現代社会では逆に、競争に勝ち、野心的に金を稼ぐ人は尊敬され…そしてモテる。

狩猟採集時代ならサイコパスだった人たちの遺伝子が保存されて、そうでない人たちは子孫を残せず淘汰されていく

これは、多くの先進国で見られる人口減少と関係があるのかもしれないね。

 

話を遮って悪いけど...そろそろ教えてくれないかな?

ここがどういう場所なのか、そしてレイちゃん…君は何者なのか…。」

 

レイちゃんは少し下を向き、申し訳なさそうな顔で言う。

 

レイ:「私からは、それを言ってはいけないことになっている…。」

 

僕:「"なっている"!?

つまり、レイちゃんは誰かの命令に従って、今こうして話しているってこと?」

 

レイ:「私を問い詰めても無駄…私はなにも言わないから。

でも、これだけは言っておく…『私が何者なのかは、すぐにわかる』。」

 

僕:「・・・」

 

そういうとレイちゃんは話の続きを語りだした。

 

レイ:「互いに面会の準備が整うと、ピサロ陣営より、ビセンテ・デ・バルベルデ神父が片手に十字架、片手に聖書をふりかざしながら、インディオの中をアタワルパのところまで進むと、次のように話しかけた。

 

❝私は神にお仕えする僧であり、キリストを信じる者に神の御業を知らしめる使命を背負う私は、あなたに神の教えを授けるためにやってきました。それは、この聖書のなかに記されているのであります。よって私は、あなたに神とキリストを信じる者の一人として、友になることを懇願いたします。これは神の御意志であり、そうすることがあなたのためでもあるのです。❞

 

アタワルパはバルベルデ神父から聖書を受け取ると、ほとんど読まずにそれを投げ捨てた。

 

その行為に激怒した神父はピサロのところに引き返し、次のように叫んだ。

 

❝クリスチャンたちよ!出てくるのだ!あの暴君は私の聖書を地面に投げ捨てた。この思いあがった犬どもに敬意を払う必要などない!出てきて戦うことを私が許す!❞

 

なんだろうこの神父…憎めないな…。

 

レイ:「すると、ピサロはいきなり剣と円盾を取り出すや、アタワルパ目掛けて突進した。

彼に続いて数名のスペイン兵士も突撃し、アタワルパの腕を握り締めた。

このような予想外の行動に、インディオたちは混乱し圧倒的多数の護衛がいたにも関わらず、アタワルパを人質に捕られてしまう。

 

❝サンチアゴ!❞

 

それが彼らの合図だった。」

 

本当の敵は『味方』だった!?

レイ:「『サンチアゴ!』それが彼らの合図だった。

 

ピサロがそう叫ぶと、スペイン兵たちは大砲を撃ち、騎兵が突進した。

皇帝が人質に捕られたことに加え、見たこともない兵器の出現によって、インディオたちは大混乱に陥ってしまう。

 

インディオたちは必死で逃げようとしたが、彼らは狭い広場に隙間もないほどに集められたため、パニックを起こし、勝手にぶつかり合っては躓いて転び、下敷きになった仲間にもまた、躓いて転んだ。

折り重なるようにして多くの者が窒息して死んでいった。

 

騎兵は彼らを踏みつぶしながら進み、逃げ惑う彼らを追いかけては殺した。

 

辺りが夕闇で暗くなってきたころ、トランペットが鳴り響き、戦闘が終了したことを生き残った者たちに知らせた。

 

広場には7千人にも及ぶインディオたちが死体となって転がり、それよりも多くのインディオたちが手を切り落とされる等の重症を負っていた。

 

高い地位からあっという間に引きずり降ろされた哀れなインカ皇帝に対し、将軍ピサロは彼の怒りを鎮めるようにこう語りかけた。

 

❝敗北し囚われの身になったことを恥じることはない。我々は少人数だが、あなたの王国よりも大きな王国を征服したこともあるのだ。あなたも、これまで自身が犯してきた過ちがわかれば、スペイン王陛下の命によって我々がここへやってきたことの幸せがわかるだろう。我々の主は、『あなたの高慢を抑えよ』とおっしゃっていた。『いかなるインディオもキリスト教者を害してはならぬ』とおっしゃっていた。❞

 

僕:「まさか、本当の敵は内側にいたんだね。

そういえば昔、これと同じようなことを僕に教えてくれた人がいたな…

本当の敵は味方の中にいるから、人類は"味方の中に潜む敵"を察知する能力を進化させてきたと…。

 

量から質への転換…今思えば、ヨーロッパ人の世界進出が、世界の競争社会化を加速させてしまったんだね。」

 

レイ:「すべての事柄には、良い面もあれば悪い面もある。

のし上がりたいと思うのであれば…好きにすればいい。

 

だが、のし上がった先にあるものが必ずしも幸福とは限らない。

 

将軍フランシスコ・ピサロと、彼と共にこの新大陸遠征を計画した、親友のディエゴ・デ・アルマグロ。

そして一時ではあったものの、インカの皇帝にまで上り詰めたアタワルパ…

 

これから彼らが歩む人生は決して、『幸福』などと呼べるものではなかったのだから…。

 

後編に続く…

 

※当記事の執筆においては、下記資料を参考にさせていただきました。

・『インカ帝国~その征服と破滅~』山瀬暢士著

・『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド著

・『「こころ」はどうやって壊れるのか?』カール・ダイセロス著