理屈じゃない『直感』の不思議~なぜ人は蜘蛛の存在を察知できるのか?~


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理屈じゃない『直感』の不思議~なぜ人は蜘蛛の存在を察知できるのか?~

情動→感情→意識

現在時刻は午前2時。

今日はこの時間まで、夢中で絵を描いていた。

 

僕:「うん。悪くない。」

 

社会に出て働けば働く程、僕たちは自分の感情や意思を無くし、まるでロボットのようになってしまう。

※因みに、『ロボット』の語源はチェコ語の『robota=強制労働』から来ているそうだ。

 

好きなものを思うがままに描く作業は、僕を少しだけ人間らしくしてくれる。

きっと、こういう時間が人間には必要なんだろう。

 

区切りのいいところまで描けたから、今日のところは終わりにして、そろそろ寝ようかな。と…そう思ったその時、

 

ミア:「ミクサ!ちょっと来て!」

 

僕:「・・・え!?」

 

ミアは僕のパートナーだ。

基本的にこの時間帯の彼女は熟睡中であり、目を覚ましているはずがない。

いったい、何が起きたというのだろうか…?

 

僕は念のため、引き出しにしまっていたゴ〇ジェット・プロを片手に寝室に向かう。

 

寝室のドアを開けると、薄暗い部屋の中で、ミアは壁の方を見つめたまま、ゆっくりと視線の先を指さした。

 

全長は10㎝程だろうか?なにやら妙に足の長い生き物が、寝室の壁に張り付いている。

 

僕は覚悟を決めて、部屋の明かりを明るくする。

そして、その生き物の正体がわかったことで、僕は安堵し、手にしていたゴ〇ジェット・プロをテーブルに置いた。

 

僕:「大丈夫だよミア。これはただのカマドウマだよ。薄暗いと大きな蜘蛛に見えちゃうね。

 

ミア:「全然大丈夫じゃないから!早くなんとかして!」

 

僕:「カマドウマは旨味が強いらしく、虫食いの間では結構人気の昆虫みたいだよ。

地球の人口はどんどん増えてるし…僕たちも練習しておいた方がいいのかな?」

 

ミア:「もういい…嫌い。」

 

ミアはかなり不機嫌そうだ。

からかい過ぎたかな…。

 

僕:「はいはい。」

僕はさっとカマドウマを捕まえて外に逃がした。

 

ミア:「ありがと!ミクサ。

はぁ~、緊張したら目が覚めちゃったよ。」

ミアは機嫌を直してくれたようだ。

 

僕:「そうだね。今ので眠気が飛んでしまったね。

じゃぁ、一杯付き合ってよ。」

 

ミア:「確かに、少し飲みたい気分。

いいよ。久しぶりだね!」

 

僕たちはリビングに向かい、僕はコークハイを2杯作りテーブルに置く。

 

僕・ミア:「お疲れ~!」

カコンッ!

 

僕:「それにしても、ミアの危機回避力はスゴイね!

蜘蛛で目を覚ますのならまだしも、カマドウマで起きるなんてね。

 

ミア:「なぜかよくわからないけど、急に目が覚めて、壁の方からなんだか嫌な感じがして…壁に張り付いていたのが蜘蛛だったら、これって普通のことなの?」

 

僕:「科学的に証明されているわけじゃないけど、僕たちが蜘蛛の存在を認識していなくても、僕たちは近くにいる蜘蛛の存在を察知することができる。

僕たちは『意識』よりももっと深い『情動』によって、蜘蛛の存在を感じ取っているそうだ。

 

ミア:「情動?『意識』と『情動』って何か違うの?」

 

僕:「『情動』は『感情』の一歩手前だね。

僕たちの脳は、意識とは関係なく体になにかしらのシグナルを発している。

心拍数が増える、汗をかく、笑みが浮かぶ、涙がこぼれる…

こういったシグナルを体が感じ取ったとき、それは『感情』になる。

そして、『感情』を語ることで『意識』が生まれるんだ。」

 

ミア:「意識が生まれる順番を言ってるんだよね?

情動を感じることで感情が生まれて、感情を"言語"で表現できて初めて意識が生まれるんだね。」

 

僕:「『意識が生まれるのは感情を"言語"で表現できたとき』というのは少し違うよ。

僕たちが言語を利用できるのは、

左脳のブローカ野ウェルニッケ野の機能によるものだけど、この領域を含む左脳の広範囲を損傷した人でも、なにかしらの手段で自分の意思を伝えようとする。

つまり、彼らには確実に意識がある。

言語は感情を翻訳するためのものだから、翻訳できない感情ももちろんある。

つまり、『意識は感情を"言葉を使わずに語れる"ようになったときに生まれる』が正確な言い回しかな。」

 

 

ミア:「う~ん…この話、夜中にするものじゃないよね。」

ミアは少し困惑しているようだ。

 

僕:「まぁ、要は僕たちの脳が発するシグナルの中には意識することすらできないものがたくさんあるってことだよ。

このことがよくわかる実験があるから、話だけ聞いてよ。」

グッド・ガイ/バッド・ガイ実験

僕:「神経科学者のアントニオ・R・ダマシオは、重度の記憶障害を持つ患者に対し『グッド・ガイ/バッド・ガイ実験』という実験を行った。

この患者は、左右両半球の海馬を含む側頭葉を広範囲にわたって損傷しているため、新しいことを学習することが一切できない。

この患者は直近の出来事を、45秒程度の間しか記憶に留めることができないんだ。

妻の名前も、子どもの顔も、大事にしていたペットのことも、何度覚え直しても数十秒後にはきれいさっぱり忘れてしまう。」

 

ミア:「被験者は最初から記憶障害だったわけじゃないんだね…。

家族のことさえも忘れてしまうなんて、辛いね…。」

 

僕:「彼の記憶障害が起こったのは、彼が46才の時に脳炎にかかったことがきっかけで、それまでは家族と幸せな人生を送っていたみたいだ…。

人生いきなり脳炎にかかることだってあるんだから、大切な人とは、うんざりするくらい一緒に過ごしておいた方がよさそうだね

・・・話を戻すよ。」

 

ミア:「ハイ!」

 

僕:「この実験では被験者は、一週間以上もの間、3人の異なるタイプの人間と交流するようにスケジュールを管理された。

タイプ①は、極めて愛想がよくて付き合いのいい人間…つまりグッド・ガイ。

タイプ②は、特に楽しくも不快でもないことに被験者を関わらせようとする人間…ニュートラル・ガイ。

タイプ③は、態度がぶっきらぼうで、何を頼んでも『ノー』と言い、つまらない実験に被験者を関わらせようとする人間…バッド・ガイだ。

実験期間終了後、被験者に4枚一組の写真を見せ『この中に友人はいますか?』と質問した。

この4枚の写真の中には、交流した3タイプの人間の内一人の写真が入っていた。

 

 

ミア:「被験者は重度の記憶障害で、3タイプの人と交流をしたという記憶はないんだから、『友人なんていない!』って答えるか、適当に写真を選ぶのが普通だと思うけど…。」

 

僕:「うん。当初はミアが言うような結果がでることも想定されていた。

でも、結果は大きく異なっていた。

この実験では被験者は、グッド・ガイの写真があった場合は80%以上の確率でその写真を選択し、

ニュートラル・ガイはほぼ偶然の確率で選ばれ、バッド・ガイを選択することはほとんどなかった。

もちろん被験者は交流した人たちのことなど少しも覚えてはいなかったし、なぜその人を友人だと思ったのか尋ねても、『わからない』と答えたそうだ。

ここまで明らかな選択の偏りを、偶然の一言で片づけるには無理がある。

この実験は、人間の意思決定には『意識』とは別に『情動』が深く関わっていることを示したんだ。

 

ミア:「ふーん。でも情動が意思決定に関わっている証拠がこれだけでは、なんだか説得力に欠けるね。」

 

僕:「確かにそうだね。じゃぁもう一つ実験を紹介しようかな。」

半側空間無視

僕:「右大脳半球の頭頂葉を損傷すると、半側空間無視と呼ばれる奇妙な障害が現われることがある。」

 

僕:「半側空間無視は、視界の左半分が一切認識できなくなる病気だ。

見えないわけじゃない。注意を向けることができないんだ。

この病気を患っている患者に料理を出すと、患者は自分から見て右半分の料理だけを食べる。

患者の左手を見せて、この手は誰のものか?と質問すると、自分のものではないと答える。

 

ミア:「自分の身体なのにわからないの!?

日常生活を送る上では、問題はないのかな?」

 

僕:「自分で理解できているなら気を付けることで、事故を未然に防ぐことができる。

でも、この症状を発症した患者は、自分が左半分を認識できないことを理解できない。

だから、足が動いていると思っていたのに実際は動いてなくて転倒するなんて危険もある。

さらに厄介なことに、この病気は、頭の中で思い描いたイメージに対しても起こる。

自分の部屋の中の様子を記憶を頼りに答えるよう質問すると、患者は部屋の中に立っている自分を想像し、自分から見て左半分の物を無視する。

後ろを向くように指示すると、今度はさっき無視した方角にあるものだけを答え、やはり左側にある物は無視される。」

 

ミア:「不思議な病気だね…。

で、半側空間無視の患者さんに対して、どんな実験が行われたの?」

 

僕:「流石、察しがいいね!

神経科学者のエレーヌ・フォックスは、半側空間無視を患っている患者の目の前に様々な物を置いて、何が見えるか?質問するという実験を行った。

患者の右側にリンゴ、左側にオレンジを置くと、この患者は『リンゴが見える』と答える。

『他に見えるものは?』と念を押して質問しても、患者は『リンゴしか見えない』と答え続けた。

でも、実験を続けていくうちに、この患者は左側にある全ての物を見落としているわけではないことがわかった。

喜びや恐怖といった感情がわかる人の写真を左側に置くと、患者はそれに気づくことが多かったんだ。」

 

ミア:「この患者さんは情動で、写真の存在を察知したんだね。

でも、恐怖の写真はなんとなく察知できそうだけど、喜びの写真も察知できるんだね。」

 

僕:「情動は生命体の命を守るためのメカニズムだからね。

喜びも、生きていく上では必要なんだよ。

でも、どちらの写真が察知されやすいかというと、やっぱり恐怖を表した写真の方になるんだけどね。」

人が情動を無視する理由

僕:「人類がまだ霊長類だった時代、人類の祖先にあたるその動物は、おそらく多くの時間を木の上で過ごしていたんだろう。

そして、木の上にでも現れる蜘蛛や蛇が、大昔の人類にとって天敵だった。

だから僕たちは、蜘蛛や蛇の存在をすぐに察知できるし、生後数か月の赤ん坊であっても、これら生き物に対しては恐怖の感情を抱く。

情動は、僕たちに危険が迫っていることを知らせ、それに従うことで、僕たちは命の危険を回避することができる。」

 

ミア:「でもミクサって、情動が発しているシグナルを無視して投資して、よくお金を失ってるよね!」

 

僕:「それでも、前よりは落ち着いて投資できるようになってるだろ?

最初に人類がお金を生み出したのは、紀元前1600年頃...殷王朝時代の中国で貝を通貨の代わりにしたのが始まりだと言われてるね。

3600年もの間、人類はお金のシステムと共に生きてきた。

僕たちの遺伝子に、お金が命と直結していることを刷り込むには、この時間は十分な長さだったんだろう。

事実、僕たちはお金を消費することを不快に思う。

国や企業にとって、この不快感によって人々がお金を使わず溜め込んでしまうのは都合が悪い...だから、クレジットカードや電子マネーといったものを普及させることで、お金の消費によるストレスの軽減を図っている。」

 

ミア:「それでも、お金を手にしたら、全部使ってしまう人って結構いるよね...どういうこと?」

 

僕:「命の危険を冒してでも、その行動をすることを本人が望んだ場合、呼吸を短時間の間止めておけるように、僕たちは情動による反応を一時的に抑え込むことができる。

いろんな理由があるだろうけど、僕たちが情動を抑え込む動機として最も多いのが...」

 

ミア:「快楽の追求...だよね?

ミクサの話しは最終的に、ここに繋がることが多いよね。」

 

僕:「『良い人生は、快楽を遠ざけることで築かれる』これが僕の辿り着いた答えだからね。

僕たちは必死に快楽を追い求める。

その結果、明らかに不利益を被ることがわかっていたとしてもね。

信用ゲーム

僕:「僕たちは必死に快楽を追い求める。

その結果、明らかに不利益を被ることがわかっていたとしてもね。」

 

ミア:「損をするとわかっていて…そんなおバカな人が本当にいるの?」

 

僕:「そんな『おバカな人』が多数派だと聞いたら驚くかな?

神経経済学者のエルンスト・フェールは、数人の人に信用ゲームという実験に参加してもらい、参加者たちの脳の動きをポジトロン断層撮影(PET)と呼ばれる技法を用いて観察した。

このゲームでは、A・B二人の参加者が匿名でやりとりし、ゲーム終了後は解散となるため、共にゲームをした二人が、もう一度同じゲームをすることはない。

まず、参加者は二人ともに10ドルが配られる。

AはBにお金を分け与えることができる。

この場合、BがAから貰ったお金は、金額が4倍になる。つまり、Aから10ドル貰えば、Bの所持金は40ドル増える。

その後Bは、Aに好きな金額だけお金を渡すことができる。

Aから10ドル貰って所持金が50ドルになったのであれば、BがAに25ドル渡せばお互いウィンウィンの上機嫌でゲームを終えることができるだろう。」

 

 

ミア:「でもこういう実験をすると、プレーヤーBが裏切って、増えたお金を独り占めして帰ろうとするパターンもでてくるよね…。」

 

僕:「その通り。

だからこのゲームでは、相手に罰を与えることができるようになっている。

Bが不公平な分け方をしたとき、Aは1ドル支払う度に、Bの所持金を2ドル減らすことができるんだ。

この場合、Bの所持金をいくら減らしても、Aの所持金が増えることはない。

Aは、純粋にBに罰を与えるためだけにお金を支払っていることになる。

 

 

ミア:「身銭を切ってでも相手に罰を与える…

人間社会では不特定多数の人に恨まれると、大変なことになりそうだね。」

 

僕:「他人を罰するとか...僕たちには、そんなつまらないことに割く時間はないけどね。

さて、この実験でポジトロン断層撮影は、どのような脳の活動を捉えたのかな?…

観察の結果、この実験で罰を与えたAの脳は、線条体と呼ばれる部位で、はげしい活動を示す血流の増加が確認された

この部位は運動機能や意思決定等、様々なことに関与しているんだけど、ある一定の対象に向けられた行動が起こす喜びの興奮性入力を、大脳新皮質や大脳辺緑系から受け取っていることでも知られている。

つまり、AはBに罰を与えることを楽しんでいたということが、この実験で結論づけられた。

もう一つ言うと、人を罰することで得られる効用は、お金を失うことで受ける心的ダメージを上回っていたんだ。」

 

 

ミア:「確かに、自分の正義感で人を傷つける人って沢山いるよね...。

でもその正義は、10年先も変わらないのかな?

そもそも...その正義は正しいのかな?

 

僕:「僕たちは快楽を欲するあまり、情動を抑え込んでしまう。

でも、呼吸を長時間止めてしまうと死んでしまうように、情動を頻繁に抑え込むのは自身の寿命を縮める行為だ。

僕たちは情動にもっと素直にならないといけないね。

まずは、休日はお金を浪費せずに、一日中家の中で引きこもる修行から始めようか!」

 

ミア:「へ?」

まとめ

●私たちの脳は無意識下で無数のシグナルを発しているが、すべてのシグナルを認識できているわけではない。

●人間の意思決定は、意識とは別に情動が大きく関与している。

●情動は、生命体の命を守るためのメカニズムであり、喜びにも危険にも反応するが、危険を察知するアンテナの方が強い。

●約3600年という人類が築き上げたお金の文化は、お金の減少が生存率の低下につながることを、私たちの遺伝子レベルで植え付けた。ゆえに私たちは、お金を消費することに不快感を覚える。

●人間は快楽を優先するあまり、しばしば情動が伝えようとした警告を無視する。『本当にその行動は必要なのか?』行動を起こす前に、一呼吸置いて考えてみてはどうだろうか?。

参考書籍

無意識の脳 自己意識の脳

脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫)

眠れなくなるほど面白い 図解 脳の話

徹底図解 脳のしくみ

経済は感情で動く――はじめての行動経済学

お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」

 

www.mixa.biz

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